「行ってみたい‼」と思わせ隊

    福島の観光案内で始めたつもりが・・・、現在は山歩きのブログです。

    いつかどこかで



    10月22日夕刻、浄土平からの帰宅途中にラジオで田部井淳子さんの訃報を聞いた。

    自分の様な者がこんな場所でこのタイミングで、お会いしたことも無い有名な方のことを語るのは非常識だと思いつつも書いてしまいました。



    20代半ば当時(自分が)、仕事でお付き合いのあった方が田部井さんのお知り合いで、その方を通じて田部井さんの偉業を知りました。当時の印象は「福島にも凄い女性がいるんだなー」くらいのもんでした。

    時は流れて2011年の大震災。田部井さんは動き出します。被災した福島の為に。
    登山を通じて避難されてる方を元気に笑顔にと精力的に活動される姿をメディアを通じて拝見して、こちらも力をもらいました。間もなく大病発覚後も変わらず元気に行動される姿に感動ももらいました。

    その頃、自らも自分の脚で山を登るようになり登山の辛さを体験し、田部井さんの偉業の素晴らしさに気づかされました。当時の時代背景(女性が山に登る事に対しての世間の反応)なども考ると、国民栄誉賞クラスのとんでもないことを仕出かしたすんごい方なんだという認識になりました。

    山に登りながら、いつかどこかで田部井さんと偶然出会えないかなーなんて淡い期待をしながら歩いておりました。普通に会うなら講演会や集いに参加すれば良いのでしょうけど、やはり山ガールとは山で会わなければ・・・。
    山で会う方から「田部井さんと登ったよ」とか「田部井さんに会ったよ」と話を聞く度に羨ましく思いました。ある時は、田部井さん率いる?女子登山部に知り合いの方が居るって方から次はこの山に行くらしいよなんて情報も頂きましたが、結局は会えずに叶わぬ夢となってしまいました。

    ごく最近でも、高校生と富士登山する気力の限り頑張るお姿を拝見して、登山には精神力の強さも必要!と言う事を教えて頂きました。又、「徹子の部屋」では、更なる大病を患っているのを事の重大さを知らない子供のようにあっけらかんと発言されてる姿を見て、人の大きさ器の大きさを教えて頂きました。あの福島訛りの語り口が聞けなくなるのはとても残念です。



    田部井淳子さん、いつもありがとうございます。
    お陰様で今日も山から眺める景色を楽しみ、出会った方々と楽しく話して無事に戻りました。
    これからもいつかどこかで会える日を楽しみに山登りを続けて行きます。

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